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faif_12.html
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2003-04-23 20:16
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(del#1141)
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『Free as in Freedom』の第12章「A Brief Journey Through Hacker Hell」の訳文です。
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Japanese
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第12章 ハッカー地獄の小さな旅

リチャード・ストールマンは、レンタカーのフロントガラス越しに、キヘイの街の信号をまばたきもせずにじっとみつめて、変わるを待っていた。

私たちふたりは、パイアの街の近くへと目指していた。そこで、ソフトウェア・プログラマとその妻たちと小一時間ディナーをともにしようと、落ち合う予定だった。

マウイ・ハイパフォーマンス・センターでのストールマンの講演の2時間ばかり後、スピーチの前にはたいへん歓迎的に見えたキヘイの街は、今ではずいぶん非協力的になったようだ。たいていの海辺の都市よろしく、キヘイは、郊外が薄っぺらに拡がっていた。ハンバーガー屋や不動産屋やビキニ・ショップが際限なく続くメイン・ストリートをクルマで走ると、鋼鉄でコーティングされたひとくちが、巨大な商業サナダムシの消化管を抜けていくように感じずにはいられない。脇道がないから、その感情が悪化させられる。前以外にはどこにも進みようがなく、春のようなうごめきの中で、クルマは進む。200ヤード先、信号が青に変わる。ぼくらが動き出す前に信号はまた黄色に変わる。

ストールマンは東海岸が終の棲家で、太陽に満ちたハワイの午後のいい時間を、渋滞にはまって過ごすというのは、塞栓症を引き起こさせるに十分だった。4分の1マイル前で右にさっと曲がっておけば、こんな状況はぜんぶ簡単に回避できていた、なんて知っているからさらに悪い。残念ながら、ぼくたちは、前に座っている運転手のなすがまま。道を知っている研究所のプログラマは、近くのピラニ・ハイウェイじゃなくて、景色のいい道を選んでハイアに行こうと決めていた。

「こりゃ、ひどいな。」いらだったため息の合間に、ストールマンは言う。「どうして違う道にしなかったんだろう?」

再び、4分の1マイル先の信号が青に変わる。そして再び、自動車一台分ちょっとをのろのろ進む。近くのハイウェイへとアクセスできる大きな十字路へとやっと至るまで、こんなプロセスはもう10分も続く。

前に座っているドライバーは、それを見過ごして、交差点を通過する。

「彼はどうして曲がらないんだ?」ストールマンは不満げに言う。いらいらでお手上げだ。「嘘だよなぁ?」

そのどちらにも答えないことにした。マウイで、ストールマンが運転するクルマに私が乗るなんてことは、十分ありえない。2時間前までに、ストールマンが運転の仕方を知っているなんてことさえ知らなかったのだ。今は、カー・ステレオから流れてくる、ヨーヨー・マのチェロ演奏「Appalachian Journey」の悲しげなバスの響きに耳を傾ける。それから、左手に、夕陽が沈んでいくのを見る。精一杯、室内を眺めてみる。

道を曲がる次のチャンスがついにやってくると、ストールマンは、前の運転手に合図をすべく、右への方向指示を出した。運が無かった。またもや、交差点をのろのろ進んだ。次の信号まで200ヤードは優にある。今やもう、ストールマンは激怒していた。

「彼は、わざとぼくたちを無視しているようじゃないか。」彼は、飛行機の地上誘導員みたいなジェスチャーとパントマイムをして、言う。ガイドの目をひこうと無駄な努力をして。ガイドは動じないようだった。次の5分間、ぼくたちには、バック・ミラーに写る彼の頭がちょこっとだけ見えていただけだった。

ストールマンの側の窓を見た。カホオラウェ島とラナイ島付近は、沈んでいく太陽を、理想的な額に切り取ってくれる。息を呑むように美しい光景だ。もし、ハワイ人だったら、こんな瞬間、もうちょっとは我慢できるかな、と思った。ストールマンにそっちに注意をひかせようとした。でも、ストールマンは、前の運転手の不注意に今は頭がいっぱいで、しらんぷり。

運転手は、青信号をもう一個通過した。「ピラニ・ハイウェイ 右」をきっぱりと無視して。私ははぎしりをした。BSDプログラマのキース・ボスティックからはやいうちに伝え聞いていた警告を思い出していた。「ストールマンは、よろこんで愚かさを耐えることはしない。」ボスティックは私に警告した。「誰かが何かまぬけなことを言ったりやったりすると、『それは愚かだ』と目を見つめて言うんだ。」

前に座っている物忘れのひどい運転手を見て、ストールマンに苦痛を与えるのは、融通がきかないことではなくて、愚かさだということを、すぐにも理解した。

「彼はまるで、どうやって行けば効率的かをまったく何も考えずに、ルートを選択したみたいなじゃいか」と、ストールマンは言う。

「効率性」ということばが、汚臭のように空気を支配した。非効率をおいて、ハッカーの心をいらだてることばはそうはない。ストールマンに、プリンタのソース・コードを研究しようと最初に思わせたのは、一日に2回も3回もXeroxのレーザープリンタをチェックする非効率だった。ストールマンに、Symbolicsとの戦わせ、GNUプロジェクトを立ち上げさせたのは、商用ソフトウェア・ベンダがソフトウェア・ツールの書き換えを乗っ取ることの非効率性だった。もし、ジャン・ポール・サルトルがかつて言ったように、地獄とは他人なのであれば、ハッカーの地獄とは他人の愚かなミスを繰り返すことだ。そして、誇張ではなく、ストールマンの全人生は、そういった深い奥底から、人類を救い出そうという試みなのだ。

ゆっくりと流れる景色を見るにつけ、地獄という比喩は、、なおのこと明確になっていった。たくさんの商店や駐車場や上手く時間調整されてない街灯が並び、キヘイの街は、市というよりはかえって、下手くそに設計されたソフトウェア・プログラムのようだった。都市計画担当者は、交通を再整備しクルマの流れを分配するのではなく、たった一本のメイン・ストリートへとすべてを流れ込ませるよう選んだのだな。ハッカーの観点からすれば、こんな無茶苦茶の真ん中でクルマに座っているのは、黒板を爪でひっかいたようなCDを大音量で聴いているようなものだった。

「不完全なシステムは、ハッカーを激怒させる。」スティーブン・レヴィは見ている。これは、ストールマンとともに車に乗り込む前に聞いておくべきもうひとつの警告だった。「ここに、ハッカーが一般にクルマの運転を嫌うもうひとつの理由がある――赤信号がランダムにプログラムされていたり、一方通行が奇妙に配置されていたりというそのシステムは、遅延を引き起こす。それは、いまいましく「不必要な」[レヴィは強調する]もので、標識を再整備したり、信号のコントロール・ボックスを開いて…、システム全体を再設計する衝撃に駆り立てるのだ。」

とはいえ、もっといらいらさせるのは、信頼をおいているガイドが二枚舌を使うことだ。――本物のハッカーなら誰でも本能でやってしまうように――賢い近道を探し出すのではなく、前のドライバーは、都市計画者のゲームにずっと付き合おうと選んでいるわけだ。ダンテの『神曲』に登場するヴァージルのように、ガイドは、僕らが欲しているか否かはおかまいなしに、ハッカー地獄へのツアーを完全にガイドしてくれることにしたわけだ。

ストールマンとこんな話をしようとするより前に、運転手はついに、右に曲がる合図を出した。ストールマンは、すこしリラックスしたように肩をおろした。そして、ちょっとの間、車内の空気が和らいだ。しかし、緊張感が舞い戻った。前の運転手が速度を落としたのだ。「前方工事中」の標識が道の両側にあった。ピラニ・ハイウェイまであと4分の1マイルもないというところなのに。いまいる2車線の道とハイウェイは、動いてないブルドーザーと大量の土砂で閉鎖されていた。

ガイドが、前方のいびつな五角形のUターンをし始めるのを見て、ストールマンは、何が起きているのか理解するのに数秒かかった。ブルドーザーをちらっと見ると、ちょうどその上に「通り抜け不可」と表示が出てた。とうとう、ストールマンの堪忍袋の緒が切れた。

「なんでだよ? なんでだよ? なんでだよ?」彼は泣きそうに、頭を後ろに投げ出した。「道が閉鎖されているのを調べておくべきだったんだよ。この道が使えないことを知っておくべきだったんだよ。おまえ、わざとやったんだろう。」

運転手は、方向転換を完了させて、メイン・ストリートへと戻した。彼がそうすると、頭を振って、ぼくたちに懇願した。歯を食いしばった運転手のジェスチャーは、本土の人間のいらだちを少しあらわした。でも、彼は島民として予期された運命論にいらだっているのだった。レンタカーの閉じた窓からは、あっさりとしたメッセージが飛び込んできた。「ヘイ ここはマウイだ どうするつもりだい?」

ストールマンはもう耐えられなくなった。

「笑うな!」彼は怒鳴り、窓ガラスが曇った。「あんたのせいだ! ぼくのやり方でやっていればすべてはもっと簡単にことが運んだんだ。」

ストールマンは、2度も身を乗り出して、ハンドルを握って、「ぼくのやり方」のところにアクセントを置いた。ストールマンが急に怒り出すその様は、こどもがクルマのシートにかんしゃくを投げつけるようだった。ストールマンの声でなおもまたそう見えたのだった。憤慨と苦痛が半ばして、ストールマンは泣き出しそうだった。

運良く、涙は出ずにすんだ。夏の夕立みたいに、はじまるとすぐに不機嫌はなおった。泣きじゃくったように息がはげしくなった後、ストールマンはバックにギアを入れ、自分でUターンさせた。メイン・ストリートへと戻るまでには、もう30分もホテルを早く出ていたらというぐらい彼の表情は無かった。

次の交差点までは、5分もかからなかった。これで、ハイウェイに簡単にアクセスできる。たちまち、パイラに向けて、リラックスできるスピードにまで落とした。ストールマンの左肩の上に黄色くぼんやりと差していた夕陽は、今は、バックミラーのなかで冷めたオレンジ・レッド色に燃えている。太陽は、ハイウェイ両側のウィリウィリの木をその色に染めている。

次の20分、クルマのエンジンとタイヤのまわりのブンブンという音を除けば、クルマに響いていた音といえば、アパラチアの悲しげなフォーク音楽を演奏するチェロとバイオリンのトリオの響きだけだった。

*----

脚注

*102 See Steven Levy, Hackers (Penguin USA [paperback], 1984): 40.